チェリーブラッサム
はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと」
10年前
常に空虚感があって、それを紛らわそうとただ、ガムシャラに働いていた。当時営業の会社に勤めていたから成績を上げるべく身なりを整え、掲げた目標を達成すべく身を粉にして働いた。見返りで得た収入は空虚感を麻痺させるために夜の街へと消えていった。終電のガラス窓に映る自分の顔が「お前には何もない」と死んだような目で訴えてくる。
震災が起こり会社は一気に傾いた。経営を立て直そうと悪戦苦闘の日々。努力も虚しく会社は倒産。
空虚感だけが残った。
再就職先がなかなか決まらなかった。
日に日に巨大化していく空虚感。
再就職が決まり新しい生活に慣れてきた頃、倒れた。
目が覚めた時、病院の集中治療室にいた。
「名前と生年月日を教えてください」
朦朧とした意識の中、心拍数に合わせた電子音が聞こえる。体が重くて動かない。
夢を見ていた。
真っ暗な夜の街に次々と現れる魔物と戦う夢。倒しても倒しても次々と現れる魔物。街の明かりがどんどん消えていく。
「もう力が出ないよ」
ああ、これで最後なんだなと思ったとき空から光が差し、女神が降りてきて一瞬で手も触れずに魔物を倒した。
道路に仰向けになっていて、空を見上げると真上に満月があった。生きているのかわからなくて大きな声を出そうとしたが駄目だった。
もう一度大きな声を出そうとした時目が覚めた。
「名前と生年月日を教えてください」
体が重くて動けなかった。
声を出そうとしたが、口の中はカラカラに乾いて舌はスポンジのようだった。喉になにか管が通っている。
薬のせいなのか気持ちが穏やかだった。
目だけが動かせる。
生まれたての赤ん坊はこんな感じかもしれないと思いながら今一度声を出してみる。
「おえおああえあ…(俺の名前は…)」
もう戦わなくていいんだ。
現実と夢と幻想が入り混じって出た答え。
不思議だった。
医者は空虚感も直してくれたのかもしれない。
今まで空虚感があった胸に、まっさらな赤ん坊のような心がすっぽり収まっている。
空虚感なんて自分や周りが勝手に作り出した幻想に過ぎない。
2ヶ月程の入院期間を経て退院の日。
バスを待つ。
満開の桜。
手作りの小物を売る店。
ミサンガを買った。
生まれたての赤ん坊のような心が、もう二度と消えないように願いを込めて足首に強く結んだ。