リーサルウェポン
今週のお題「自分にご褒美」
寒くなってきた。
去年買ったダウン、外歩く時はいいんだけど電車の中とか暑すぎて脱ぐと荷物になるし失敗。
とはいえ、パーカーだけじゃ流石にキツくなってきた。
カジュアルでもフォーマルでもビジネスでも違和感がない究極の一着をもとめてショップを見て回る。
ジーンズにパーカー姿の鈍臭いオレは店員さんたちには恰好の獲物らしい。そしてやたら去年買ったダウンを勧めてきやがる。
他の店員が忙しく動き回っている中、その店員は独特なオーラを放って、ただ立っていた。
目の荒い紺色のコーデュロイのジャケットに淡い紫色のシャツ、迷彩のスリムなパンツ、長い髪を後ろで束ねている。怪しい国の武器商人のように見える。
この人ならわかるかも知れない。
「究極の一着ってなんですか?」
なんだ?この質問。
店員は体の向きを変えず目だけこっちを見て唇を片方だけ上げて5秒程固まった。野性的なスパイシーな香水の匂いがする。
何を言うでもなくふわっと体の向きを変え店の奥へ歩いて行ってしまった。
なんだよ、無視かよ
しばらく店内を見て回り、外に出ようとした時だった。
背後に威圧感を感じ振り返るとさっきの店員がずっとそこにいたかのように立っていた。
「リーサルウェポン」
差し出されたのはただの黒いコートだった。
眉毛の上に切り傷の跡がある。その下の目は猛禽類の様にキラキラしている。薄い紫のシャツはよく見ると同じ紫の糸で細かい花の刺繍が施されていた。
リーサルウェポン(最終兵器)
「このステンカラーコートは凄いよ。君が今着ているその上から着ても様になる。世界中の一流デザイナー達が愛用してる。ブラックホールみたいになんでも呑み込む。下にセーターを着てもいいしTシャツでもワイシャツでもスーツでもスニーカーでも革靴でもブーツでも。お袖、通されます?」
選ばれし勇者のみが袖を通すことが許された服をおまえは着る勇気はあるか、と聞かれているようだった。
ゴクッと唾をのんで袖を通した。
彼がパーカーのフードを直す。
鏡を見る。
こ、これは…。
…凄い。
さっきまでのダサかったオレが別人のようになってる。
「いかがですか?サイズ的にはピッタリかと」
「このまま着て帰ります!!PayPayで」
今まで味わったことのない高揚感。
たった2〜3分の間の出来事。
支払いを終え、値札を取ってもらった。
彼の首にキューピットのタトゥーが見えた。
「この香り、なんですか?」
「クヴォン・デ・ミニムのアッタイです。君にも似合うと思いますよ」
覚えられそうもないのでレシートの裏に書いてもらった。
興奮冷めやらぬまま店を出る。
彼は最後、手を挙げて指をぴこぴこしながらバイバイした。
街の人たちがみんなオレを見ている気分になった。
街はクリスマス。
ポケットに手を入れる。さっき書いてもらったレシートがあった。忘れないようにスマホで検索。クリスマスの自分へのプレゼントにしよう。
てか、スゲー下手くそな字。
メモの最後に英語が書いてあった。
“enjoy life!!"